母と娘の推し活日記

映画と舞台とエンターテイメントまみれの日々

尺終:シアタートーク④

2023年10月25日 新国立劇場「尺には尺を」「終わりよければすべてよし」

シアタートーク

中井:「尺には尺を」「終わりよければすべてよし」それぞれリンクしているような、似たような役柄に絶妙になっていると思うんですが、そこは考えられていたんでしょうか?

鵜山:役は「あみだくじ」みたいに、たどっていったらこうなった。最初に(そういうリンクする役にする、という)企画があったわけじゃなかった。

岡本:「終わり」のフランス王はかなり老けてて。死にそうだ、という設定だからそうやってるんです。

シェイクスピアの戯曲って、台本に句読点が無いんですよ。でも僕は忠実にはやらないんですね(笑)。(自分のやりやすいように句読点やブレスを入れたりして?)うまくやってたつもりだったんですけど、ロングブレスで、息継ぎしないで一気にしゃべってください、と言われました。そういう老人にしてください、と。

鵜山:息をするのも忘れるくらいの老人、でやってください、と(笑)。

岡本:(役の切り替えの話)衣装が全然違うので、衣装をまとうと切り替えはできた。ただ、初日のあとダメ出しがあって。(死にそうなフランス王なのに)元気過ぎる!と(笑)。

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中井:舞台装置が一方は壁、一方は布、と大きく違いますね。プランはどのように考えたのでしょうか?

鵜山:頭の中にあったのが、稽古場で話してるうちにできた。(美術の)乘峯と(ここあいまい)。この舞台、(後ろから前に)傾斜がついてるんですよ。14年前は大丈夫だったのに、ダメ出しするために舞台に上がると転んだりする(笑)。

中井:セットに、現代にしかないアイテムがありますが?(シェイクスピアの時代には無かったアイテム)

鵜山:そこは2つの作品で変えている。
「尺尺」は街の中、ということでノイズというか、廃棄物が溜まってる世界観。当時も粗大ごみみたいなものはあったんじゃないかな、って。モノは違ってもあったんじゃないかと。

(上手に座っていたソニンが、あ! ここに下着が!!と気がつく)

浦井:(下手奥を指さして)王冠がありますよね。あれはリチャード三世の時のものです。

(岡本健一さんが気がついて、おお!そうなの!?と)

浦井:木馬もありますよね。

(岡本さん、全然愛着無い感じですが…(笑)、と中井さんにツッコまれる)

岡本:「終わり」になると、あれが無くなるんですよね。

鵜山:あちらは「自然」に近づけてる。(舞台となるフランスの)ルシオンってところはかなり田舎だっていうことなので。

ソニン:「尺尺」は最初に音楽が流れてるんですよね。「終わり」は一切音がない。「終わり」は私は二幕からの登場なので、楽屋にいると、あ、急に始まった!って。

鵜山:「尺尺」は三文オペラの作者の音楽を流しています。

ソニン:やればやるほど2作品の違いを感じます。

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中嶋:ここにいると「あ、演劇なんだ!」って(実感する。すごくワクワクした様子です声が弾んで)。演劇が世界を変えていく、この感じ!

ヘレナは演じることで何かを得ていくんですけど、一方でぺーローレスは演じることで人生をロストしていく。でも本来の自分に戻るんですよね。幕が上がって、自分がしゃべる、言葉を発することで、お客様にも伝わって(場が)熟していく。それが演劇こそが持つマジックだなって。

→シアタートーク⑤に続きます。